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MBAの論理を超えて「商売人」へ。東急不動産HD発ベンチャーがV字回復、そして事業終了の裏で得た"本当の資産"

  • 2 日前
  • 読了時間: 9分

――なぜ、大手デベロッパー出身のエリート社員は、MBA的な「経営」の発想を捨て、泥臭い「商売」の世界へ回帰したのか。



 売れない日々の中で出会った「一人の顧客の声」。そこから得た「操作を覚えさせたくない」という切実なインサイトが、事業の方向性を180度変え、売上15倍以上のV字回復をもたらした。しかし、その先に待っていたのは、大企業の論理による「事業終了」という苦渋の決断だった――。


 東急不動産HDの社内ベンチャー制度「STEP」から生まれたTQコネクト株式会社。江部宗一郎氏が辿った、イントレプレナー(社内起業家)としての「覚醒」と「挫折」、そしてその先に見出した"本当の資産"とは何だったのか。


第1章:「経営者になる」という逆算キャリアからの出発


――自己紹介をお願いします。


 東急不動産HDの社内ベンチャー制度からTQコネクトを立ち上げた、江部宗一郎です。2013年に東急不動産に入社し、当初はリゾートホテルやビジネスホテルの企画開発に従事していました。その後、企画戦略部門への異動やMBAの取得を経て、社内新規事業創出制度「STEP」の立ち上げに携わりました。そして自らもその制度に応募し、2021年にTQコネクトを設立しました。


――なぜ新規事業の道を選ばれたのでしょうか。


 入社6年目の2018年、東急不動産HDへ異動し、長期経営計画を実現するためにDX推進室の立ち上げを担当しました。その中で、「変化の激しい時代に、不動産だけを扱い続けるのはリスクではないか。不動産以外のデジタル領域で新しい事業を生み出す必要がある」という強烈な危機感を抱いたのがきっかけです。


 この全社的な課題と自身の目標が結びついたことが、新規事業の道へと進む大きな原動力になりました。


――その後、2019年に社内新規事業創出制度「STEP」が設立されますが、どのように設立に関わられたのですか?


 実は、明確な戦略があったというよりは、いくつかの偶然が重なった結果なんです。ちょうどMBA取得のために大学院へ入学したタイミングで、理論として学んでいる「組織づくり」や「制度設計」を、実地で試してみたいという欲求が強くありました。その矢先に、社内で新規事業創出制度(STEP)が立ち上がる動きを知り、公募を待つよりも「制度を作る側」に回る方が、自分の学びを最大化できると考えました。自分で仕組みを構築すれば、その意図を誰よりも深く理解した上で活用できるはずだ、という知的好奇心に近い判断でした。




第2章:「出島」ができるまで――108案からたった1案が生き残る過酷な選考


――STEP制度の開始前から、起業に向けた水面下の動きがあったそうですね。

 

 はい。実は2019年4月から別の担当者のアイデアを引き継ぎ、制度に頼らず自力で事業化を模索していました。ただ、STEP制度があるのだからその制度内で評価をすることになり、制度を通じた起案に切り替えたのです。さらに、STEP事務局として社内ヒアリングを進める中で、住宅領域を担当する50代のベテラン社員と出会ったことも大きな転機でした。世代も立場も違いましたが、「大企業の中で新しいことを仕掛けたい」という熱量で完全に馬が合い、「一緒にやらないか」と誘われて、私が副社長のポジションを担う形でツーマンセルで事業プランを練り上げました。


――2019年12月に第1期募集が始まり、108案から最終的に1案に絞られる過酷な選考だとお伺いしました。当時の状況を教えてください。


 2020年秋の中間審査で108案がわずか3案に絞られ、そこから翌年2月の最終審査までの半年間は、正直死にそうでした。 STEP事務局としての制度運営、自身の起案準備、DX推進室の立ち上げ、そして大学院の修士論文執筆という「4足のわらじ」を同時に履いていたからです。日中は通常業務、夜は論文と事業計画を交互に進める極限の生活でした。それでも折れなかったのは、「絶対に卒業して、第1号案件として起業してやる」という執念があったからです。制度を創った人間が最初に飛び込まなくてどうするんだと。結果として、最終通過したのは私たちの案だけでした。その後、2021年5月末にTQコネクト株式会社を設立することができました。


第3章:死の谷――プロダクトアウトの罠


――出島として独立したTQコネクトは「デジタルデバイドの解消」を掲げてスタートしましたが、当初の事業とその結果はいかがでしたか?


 高齢者向けのオンライン接客サービスを展開しました。スマホ教室のようにオペレーターがサポートし、高齢者がネットで外の世界と繋がれる、社会課題を解決する美しいビジネスモデルだと思っていました。ところが、コロナが落ち着くにつれて外出自粛で生まれた需要が消滅し、全く売れませんでした。正直、最初の2年はサラリーマンと変わらない思考と痛感しています。


――MBAの知識や大企業での成功体験が、逆に「プロダクトアウト」の罠に繋がったのでしょうか?


 その通りです。MBAで学んだフレームワークやファイナンス理論、マーケティング戦略といった「初期装備」を駆使して事業計画を作ったつもりでしたが、現実の前では無力でした。「良いものを作れば売れる」というのは、東急不動産のようなリソースと信用がある大企業の成功体験です。0→1の新規事業では、自分が作りたいものを作って「これ、いいでしょ?」と押し付けるプロダクトアウトの常識が完全に足かせになります。売上が作れず、社内の視線も厳しくなる「死の谷(デスバレー)」へと突入していきました。



第4章:現場の「共通項」が導いた、ニーズへの適合

 

――2023年冬、事業を大きくピボットされました。そのきっかけと、現場で得られたインサイトについて教えてください。

 

 当時は事業の伸び悩みに直面しており、打開策を求めて既存の利用者の方々へ徹底的なヒアリングを行いました。そこで浮き彫りになったのは、MBA的な市場予測とは異なる「現場の実態」です。

 

当初は「デジタルに不慣れな一般の高齢者」をターゲットに想定していましたが、実際の利用者の多くは「要介護状態にある方」とそのご家族でした。さらに、複数のご家族から共通して聞かれたのは、「操作を覚えさせたい」という要望ではなく、むしろ「これ以上、本人に操作の負担をかけたくない」という切実な本音だったのです。「顔を見て話したいが、今の本人にスマホ操作を強いるのは無理がある」。こうした現場に共通する構造的な課題を目の当たりにし、これまでの仮説を根本から見直す決断をしました。

 

――その「操作をさせたくない」という共通のニーズから、現在の「TQタブレット」はどのようにして生まれたのでしょうか?

 

 「高齢者に使い方を教える」というデジタルデバイド解消のアプローチそのものが、要介護の現場では適合しないと確信しました。目指すべきは、テクノロジーの存在を消し去るほどの究極のシンプルさです。 そこで、頭で描いていた既存のロジックを捨て、現場で見つけた「操作不要」というニーズに機能を絞り込みました。そうして誕生したのが、着信から10秒後に自動で通話が開始される「TQタブレット」です。

 

 通話ボタンを押す動作すら排除したことで、要介護の方でも「何もしない」まま家族と対話が始められます。利用者が「デバイスを操作している」と認識することすらない、現場の実態に即した形を実現しました。

 

第5章:V字回復――売上15倍、そして「ありがとう」の声


――ピボット後の具体的な成果と、ユーザーからの反響はいかがですか?

  

 昨年度対比で売上15倍以上に成長し、月間百台以上の販売ペースに達するV字回復を遂げました。実際に介護施設や高齢者のご家族から、「母が嬉しそうに画面を見ているんです」「こんなサービスを待っていました」と次々と反響が寄せられており、死の谷を這い出た確かな手応えを感じています。

 

――このV字回復の経験を経て、0→1の新規事業に必要なマインドセットとは何だとお考えですか?MBAの知識はそこでは活きないのでしょうか?


  一言で言うと、「経営者だったらまずすぐ商売しろ」ということです。「経営」と「商売」は全く違います。大企業の開発事業は、多くのリソースを仕組みで動かす「オーケストラの指揮者」のような仕事ですが、新規事業は「露天商」に近い。バナナを仕入れて、10円でも高く売って、目の前のお客さんから「おいしい、ありがとう」と言ってもらう。MBA的な知識は「1を100にする経営」には有効ですが、泥臭い「0→1の商売」では顧客の反応がすべてです。ファイナンス思考の前に、まずは1人の顧客を満足させる。そのシンプルな商売の積み上げの中でしか、事業の「手触り」は得られないと痛感しました。

 


第6章:大企業の"壁"――サービス終了を決断させた3つのトリガー


――業績の急回復を遂げたものの、社内ベンチャーとして「ステージゲート」と呼ばれる出口審査の壁に直面されました。サービス終了を決断させた3つのトリガーについて教えてください。


 トリガーは大きく3つあります。1つ目は、ステージゲートの過酷な定量基準です。「5年以内に営業利益5億円」という通過基準が設けられていました。売上が15倍になっても、親会社の不動産事業のスケールから見ればまだ「小さな芽」に過ぎず、到達は厳しかったのです。2つ目は、事業統合の壁です。不動産が本業のグループ内で介護のシステム事業は戦略的な位置づけが難しく、仮に譲渡しようにも、事業を引き受け推進できる人材が社内に不在でした。3つ目は、存続に向けた最後の足掻きが実らなかったことです。外部への事業譲渡や経営陣による買収での独立など、あらゆる選択肢を模索しました。しかし、短期間で数億円規模の資金を動かす調整は難航を極め、無念の時間切れとなりました。


第7章:事業終了――「ありがとう」で終わった事業


――2026年3月の事業終了に向けた手続きと、そこから得られたお客様や周囲の反応について教えてください。


  TQコネクトは電気通信事業者の扱いとなるため、総務省の定めに準拠し、お客様には手紙や電子メールで丁寧にご案内を送りました。正直、大きな苦情を覚悟していましたが、実際には「この商品があってよかった」「母と毎日顔を見て話せました。本当にありがとうございました」といった感謝の声ばかりで、苦情は一切起きませんでした。あの瞬間、この事業は決して失敗ではなかったと確信しました。社内の審査は通りませんでしたが、お客様の人生に確かに価値を届けられたことは、成功の証です。


 さらに驚いたのは、終了の情報が業界内に伝わると、通常は自社の好機と捉えるはずの同業他社から「既存の顧客が困らないよう、乗り換えの支援策を連携させましょう」と申し出があったことです。他社すらも顧客を放り出してはいけないと感じるほど、利用者の生活を支えられていたのだと痛感しました。



第8章:「プロ起業家」へ――残った"本当の資産"


 最大の資産は、泥臭い現場で鍛えられ「商売人としての勘」と「折れない自分の作り方」を身につけたことです。大企業では巨大な事業の歯車になりがちですが、ゼロから顧客の課題を見つけ、解決策を作り、対価をいただき、直接「ありがとう」と言われる「商売のリアルな手触り」を全身で味わいました。かつて左脳的な経営だけを信じていた私が、全く異なる種類の経営者へと進化したと感じています。また、24時間365日考え抜いて行動すれば道は開けるという、死の谷を這い出た経験に裏打ちされた揺るぎない確信も得ました。


エピローグ:早く、小さく、失敗しろ。


――最後に、これから社内起業に挑戦する方々へメッセージをお願いします。


 「1回失敗しろ。早く、小さく失敗した方がいい」と伝えたいです。机の上で考えた100ページの事業計画書より、お客さんの前で10分間売ってみた経験の方が100倍価値があります。大企業の看板や潤沢な予算に頼り、顧客不在のまま事業を進めてしまうのが、多くの社内起業が陥る罠です。だからこそ、早く小さく失敗して、市場のリアルな手触りを得る必要があります。


 大企業のリソースは使いつつも、思考は「商売人」であれ。「経営」と「商売」の違いを教科書ではなく自らの血肉で理解するためにも、まず外に出て、商売をしてみてください。



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