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大手日本企業が米スタートアップに協業提案―「Kicker Japan Fit」誕生秘話

更新日:9月26日


Co-Studioのイノベーション創出の考え方とプロセスを事例で紹介する対談シリーズ。第3弾は、米スタートアップ企業との新規事業創出プログラム「Kicker Japan Fit」をご紹介します。

日本を代表する大手企業3社が、アメリカのスタートアップ企業に協業提案する――異例の事業開発プログラム「Kicker Japan Fit」はどうして生まれたのか?米シリコンバレーを拠点とするベンチャーキャピタル「Kicker Ventures」ファウンダー兼CEOの清峰正志氏と、Co-Studio CEOの澤田真賢の対談からひも解きます。


前編では、KJFの原点ともいえるKicker VenturesとCo-Studio、それぞれの創業ストーリーにフォーカスします。


<対談者>

Kicker Ventures Partners I, LLC ファウンダー兼CEO 清峰 正志

Co-Studio株式会社 CEO(最高経営責任者) 澤田 真賢


ベンチャー投資家として感じていた「ベンチャーキャピタルの限界」


清峰さんはKicker Ventures、澤田さんはCo-Studioの創業者です。まず、それぞれ創業した背景からお聞かせいただけますか?


澤田 それをお話しするために、まず私と清峰さんが出会うところから遡りますね。


2013年、私は当時オムロンで新規事業開発を担当していたのですが、「これからヘルスケアビジネスは激変していく」と盛んに言われていました。Appleなど従来とは異なるプレーヤーがヘルスケアビジネス領域に参入する動きが起こっており、とりわけシリコンバレーではデジタルヘルスケア領域のスタートアップが続々と生まれていました。その状況を見てみようとシリコンバレーを訪れた際に、現地でベンチャー投資をしていた清峰さんとお会いしました。


清峰 私は2004年からシリコンバレーを拠点に、アメリカのデジタルヘルス・医療機器領域のベンチャー投資に携わってきました。その時は、視察に訪れた澤田さんたちを、現地のベンチャー企業や大学の研究施設などにアテンドしました。


澤田 帰国後も清峰さんとは、オンラインで頻繁に連絡を取り合い、私がアメリカに行く時や、清峰さんが来日する時には必ずお会いするような関係になっていきました。

その後、2017年に清峰さんが独立してKicker Venturesを立ち上げます。


清峰 たまたまベンチャーキャピタルを立ち上げるチャンスが巡ってきたのですが、その時に「どんなベンチャーキャピタルを作りたいか?」と自問しました。その答えが「ベンチャーキャピタルの限界に挑戦してみたい」だったんです。


ベンチャーキャピタルというのは、10年以内に買収なりIPOなり、イグジットが見込めるスタートアップしか投資対象とみなしません。でも、10年以内にイグジットできる会社というのは、実際には数えるほどしかありません。その他大勢の、イグジットに持ち込めなかったスタートアップを見るたびに「ベンチャーキャピタルの限界」を感じていたんです。


その「10年」というタイムリミットを取り払って、スタートアップが社会課題の解決に挑戦できるような後押しを、ベンチャーキャピタルとしてもできないだろうか。もっと言うと、自分たちも自らプレーヤーとなって一緒に汗をかき、価値創造していけないだろうか――そんな思いから、ベンチャーキャピタルとプラットフォームの機能を併せ持ったKicker Venturesを立ち上げました。


オーナーシップを持ち、さまざまな企業と共創できる「出島」の必要性


そして、2019年にKicker Ventures のポートフォリオの一つとしてCo-Studioを創設し、澤田さんがCEOに就任します。


澤田 私自身は、オムロンや大手損害保険会社などで引き続き新規事業開発に携わっていたのですが、私の方でも大企業の中でイノベーションを創出することの「限界」を感じていました。


その「限界」というのは、大きく二つあります。一つは、企業の中ではオーナーシップを取って事業開発を推進していくのが難しいということ。口では「オーナーシップを取って進めなさい」などと言われるのですが、フタを開けてみると企業のガバナンスが足かせとなってなかなか自由に動けない。十分な権限も与えられず、オーナーシップが取れない仕組みになっています。


もう一つは、個々の会社だけではイノベーションのアイデアを発想しにくいということ。既存の事業や資源、これまでの成功体験などに思考の枠が制限されてしまい、飛躍したアイデアが生まれにくい状況があります。また、社会課題はどんどん複雑化しているので、一つの会社だけではますます解決が難しくなっています。


特に大企業が陥りがちなこれらの「限界」を超えてイノベーションを創出するためには、まず親元の企業から独立してオーナーシップを発揮できる環境、さらに個々の企業だけでなく複数の企業が集まってアイデアをCo-Creation(共創)できる環境が求められる、と考えました。例えるなら「出島」のようなコミュニティです。その構想を一つの論文にまとめて、ある時に清峰さんにお見せしました。

清峰 澤田さんの論文を読むと、考えていることの方向性も一致しているし、アイデアも僕より数歩先に進んでいる。澤田さんと組むことで、自分が思い描いている「ベンチャーキャピタルの限界」を超えるプラットフォームがよりよい形で実現するのではと考え、私から協業を呼びかけました。


澤田 こうして、Co-Creationによってイノベーションを生みだすオープン・スタジオとしてCo-Studioを創業しました。そこで生まれたシーズを「起業」という形にし、そこにKicker Venturesが出資するというスキームが生まれたんです。


日本のビジネスパーソンに欠けている“スキル”とは?


今回、Kicker Ventures とCo-Studioが協働でこのKicker Japan Fit(以下、KJF)のプログラムを立ち上げました。その理由をお聞かせください。


清峰 「日本の大企業が、米スタートアップに対して協業を提案する」プログラムとしてKJFを立ち上げた理由としては、大きく三つあります。


一つは、米スタートアップ企業に、日本のデジタルヘルス領域のマーケットの魅力を知ってもらいたかったことです。私がベンチャーキャピタルでのキャリアを始めた頃はまだ、「アメリカの次には日本が来る」という見方は多かったのですが、ここ5年くらいで、マーケットとしての日本の魅力は薄れてしまいました。それもそのはずで、人口減少局面に入っていてマーケットは縮小し、GDPも中国に抜かれている。それでいて日本の医療システムは複雑で、ビジネスカルチャーや言葉の壁もあります。アメリカのスタートアップにとっては国内に十分な需要があるので、リスクやコストをかけてまで日本のマーケットに参入しようという気運が生まれにくいんです。


でも、日本のマーケットは捨てたものではない。ヘルスケア領域では「課題先進国」でもあり、最先端の技術をもった企業や研究機関もたくさんある。魅力がないわけではなく、知られていないだけなんです。そのことが単純にもったいないと思ったので、自分がアメリカのスタートアップと日本企業との橋渡しをすることで、新しいシナジーを生みだすきっかけになれば、と考えました。


二つ目は、デジタルヘルスケア領域のグローバライゼーションを支援したいということです。同じヘルスケア領域でも、医療機器や創薬は産業として成熟していて、日本にも欧米にも大企業が存在し国境を超えたビジネス展開がある。ところが、デジタルヘルスケアに関しては日本のマーケットがアメリカに比べて成熟していません。せっかくAIやIoTなどの技術革新は進んでいるのに、日本にビジネスを展開する土壌がないんです。有望な技術やソリューションを持つ米スタートアップのグローバル展開を後押しするためにも、日本にその土壌をつくりたいという思いがありました。


三つ目に、これがいちばん重要かもしれませんが、日本のビジネスパーソンには“スキル”が足りないと常々思っています。


具体的にどういったスキルですか?


清峰 わかりやすく言うと、海外の有望なスタートアップと協業するために必要な知識や経験です。スタートアップがどんな思いで起業して、何を考えているのか。どういう関係構築のしかたがあるのか。どういう交渉が求められるのか――そういった、グローバルにビジネスを進めていく上で必要とされる一連のスキルです。


こういったスキルは、グローバルビジネスの真剣勝負の場でどれだけ場数を踏んでいるか、という経験値に比例します。私自身、幸いなことにベンチャーキャピタルの世界に身を置き、成功と失敗を繰り返しながら経験を積むことができました。ただ、日本の大企業の中にいると、残念ながらグローバルなビジネス環境での経験を積む機会はほとんどありません。


グローバルに活躍する人材と比べて、日本のビジネスパーソンの能力が劣っているわけではありません。でも決定的に欠けているのが、この経験値なんです。自分たちのビジネスのやり方がスタンダードだ、とまでは思っていないにしても、それ以外の方法論を知らないのはあまりにもったいない。そこで、短期間でもグローバルビジネスにおいて必要な知識やノウハウ、さらには「覚悟」をも学べる機会を提供したいと思いました。


「グローバルビジネス」×「Co-Creation」のプログラムが誕生


清峰さんがベンチャーキャピタルの世界で感じていた思いから、このKJFの構想を温めていったのですね。


澤田 清峰さんが話してくれた「グローバルビジネスの方法論を習得してスキルを高める場」。それに加えて、「複数企業で課題解決のアイデアを生み出す事業開発プログラムの場」を実験的に設けてみようということで、2021年の夏頃からこのKJFの構想を考えました。


清峰 ちょうどそのタイミングで、私たちKicker Venturesの出資第一号の案件が決まりました。それが、うつ病治療などに用いられるカウンセリング手法「認知行動療法」をAIが行うチャットボットサービス「Woebot」(ウォーボット:「悩めるロボット」の意)です。


Woebotを開発したWoebot Health社は、急増する患者の数に対して精神科医が圧倒的に足りていないメンタルヘルス領域で、AIチャットボットによるカウンセリングのソリューションを提供しています。この素晴らしいイノベーションを生みだしている有望なスタートアップを、日本企業に紹介したいと考えました。同時に、Woebot Health社側にも日本のマーケットの魅力を知ってほしいという思いもありました。


そこで、「Woebot Health社に対して、複数の日本企業が協業のアイデアを検討し、プレゼンテーションを行う」というストーリーを軸に、このKJFを企画していきました。


澤田 日本の企業にお声がけしたところ、味の素様、大正製薬様など、日本を代表する大企業3社にご参加いただきました。前半はグローバルビジネスや海外のスタートアップについての知見をインプットする「学習フェーズ」、後半は協業権獲得を目指しアイデア企画からプレゼンテーションまでを行う「獲得フェーズ」とし、Day0からDay3までの4日間、2か月のプログラムをを組みました(実際には「Day2.5」を含む5日間)。初日には経済産業省の方にも入っていただきました。

学習フェーズ

Day0

バックグラウンド

・Woebot Health説明 

・課題発見講座(スプリント型)

Day1

セミナー

・日本におけるメンタルヘルス事情 

・海外スタートアップとの協業 

・日本におけるデジタルヘルスBizモデル



Day2

ワークショップ

・2グループ体制

・対象アプリケーション選出 

・ビジネスモデル&座組ブレスト

獲得フェーズ

Day3

ピッチセッション

・WoebotまたはKickerに対してプレゼン

澤田 Woebotのような有望なスタートアップや、清峰さんのようにグローバルビジネスの経験値が豊富なファンドマネジャーもメンターに加わり、私が温めていた「複数企業がアイデアを共創する場をつくりたい」とう当初のアイデアを超えてユニークな座組ができました。俄然、おもしろい“実験”ができそうだ、と期待が高まりましたね。

<参加企業に聞きました>

Q. 自社におけるデジタルヘルスビジネスの位置づけ・抱えていた課題は何ですか?


・多様化する生活者のニーズに合わせた新たな価値提供のためにデジタルヘルスデータの利活用を検討しています。収集するデータの種類、量、マネタイズの方法など課題はありますが、ヘルスデータを利活用した新たなビジネスモデルの創出に取り組んでいきたいと考えています。(大正製薬株式会社 フロンティア・リサーチ・センター主事 野木 貴祐 様)


・自社の持つリソースはアナログな手法が主で、デジタルヘルスビジネスとの有機的な結合を図る必要性は以前から感じていました。外部企業とのコラボレーションによる新規事業も創出してきたものの、スケールという観点で成功したといえる事例はほとんどないのが悩みでした。(味の素株式会社 アミノインデックス事業部マネージャー 倉本 昌幸 様)


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