「信頼」と「共感」を軸にしたコミュニティを形成し、社会課題を解決するイノベーションを生み出すCo-Studio。Social Goodな未来の実現に向けてクライアントと一緒に考え、汗をかく共創のスタイルで、これまで設立したスタートアップ企業は9社(2022年1月現在)に上ります。 そのCo-Studioのイノベーション創出の考え方とプロセスを事例で紹介する対談シリーズ。第1弾は、住友ファーマ株式会社との共創によって起業した「do.Sukasu(ドスカス)」をご紹介します。
視覚認知能力を「透かす(Sukasu)」特許技術で未来を創出するdo.Sukasu。本業である医薬の領域から離れた位置にあるヘルスケア領域でどうやってイノベーションを生み出したのか?どうやって半年で2件もの特許技術を開発できたのか?――同社のキーパーソンに、これまでの歩みを対談形式で振り返ってもらいました。今回はその後編をお届けします。
※前編はこちら
<対談者>
住友ファーマ株式会社
フロンティア事業推進室 開発企画担当オフィサー/株式会社do.Sukasu CTO(最高技術責任者) 落合 康
フロンティア事業推進室 事業開発・ポートフォリオマネジメント担当オフィサー 堀 誠治
Co-Studio株式会社
CSO(最高戦略責任者)/株式会社do.Sukasu CEO(最高経営責任者) 笠井 一希
COO(最高執行責任者) 今林 知柔
「3つの強さ」で確信――アイデアのみで3か月後に特許を取る!
「VRによる空間認知能力の測定・定量化」というアイデアにたどり着いてから、特許出願に至るまでの歩みをお聞かせください。
笠井 通常の新規事業においては、特許化された技術が既にあって、それをどう新規事業に活かしていくか、という順序で考えます。しかし、本プロジェクトでは特許化された技術どころか特許出願するシーズすらなく、あるのはまだ漠然としたアイデアだけです。それでも私たちは3か月後には特許出願しようと目標を設定していました。そのためには今から技術開発している時間はない。そこで、まずはアイデアで強みを作り込んで特許出願し、その後で開発に着手するアプローチをとりました。
落合 このようないわゆるアイデア(概念)特許の手法は、私も机上の特許戦略としては知っていました。ただ、今まで40件の特許に携わってきた立場からすると、理想論にすぎないと思っていたんです。実際にやろうとしている人を見たのは笠井さんが初めてです。
笠井 特許もただ取ればいいというものではなく、ビジネスとして「強い特許」でなければいけません。その点で、今回の落合さんのアイデアには3つの「強さ」の決め手がありました。第一にクレーム(特許請求の範囲)を広く取れる基本的なアイデアだったこと。第二に、過去の経験則から特許を取れそうな確度が高かったこと。
第三に、これが重要なのですが、「空間認知能力を簡易的に測定する」新しい指標に関するアイデアだったということです。この新指標が今後スタンダード化すれば、ビジネス的にも大きなポテンシャルがある。この三つの条件が揃ったので、落合さんのアイデアは「強い特許」になるという確信がありました。
堀 ある日、笠井さんが「これ、いけますよ!」と飛び上がって喜んでいる。外から見ていた私は「え、いけるの?」と。正直、何がどう「いける」のかもよくわからなかった……(笑)。
いま振り返ると、この特許出願に向けたフェーズでは、知的財産のプロフェッショナルである笠井さんと、医薬領域では多くの特許出願に関わってきた落合とのディスカッションが噛みあい、高速回転で進んでいました。当社とCo-Studioの共創が大きなパワーを生んだ瞬間でしたね。
ユーザーテストで気づいた視覚認知能力の「もう一つの軸」
その後、空間認知能力の測定・定量化のアイデアをどのようにブラッシュアップさせていったのでしょうか。
落合 次のフェーズとして、さまざまなユーザーテストを行いました。
とりわけ大きな転機となったのは、福岡県大牟田市でのユーザーテストです。高齢化率が約37.1%(2020年)と全国平均(28.0%/同)を大きく上回っている同市では、認知症の人が普通に暮らせるために「“徘徊”をなくすのではなく、安心して“徘徊”できる町にしよう」というコンセプトのもとまちづくりを進めていました。そこに私たちはVRの試作品を携えて、現地の人にヒアリングをしたり、認知症の課題解決に取り組まれている方々に試してもらったりしました。
今林 この大牟田でのユーザーテストでは、今後のビジネス化に向けて二つの大きな気づきが得られましたね。一つは、視覚認知能力には空間認知能力だけでなく、物体認知能力という「もう一つの軸」があること。
笠井 それまでは空間認知能力という一本の軸のみで評価しようとしていたのですが、そこに物体認知能力という「もう一つの軸」が加わり、その二軸で評価する手法を生み出したことで、視覚認知能力の測定・評価技術が一段とブラッシュアップされましたね。
「人が社会システムに適応する」のではなく、「社会が個性に適応する」未来へ
落合 もう一つの気づきは、視覚認知特性を「優劣」でなく「個性」としてとらえられるようになったことです。空間認知の一軸のみだとその能力の「ある・なし」でしか評価できませんが、そこに物体認知が加わり二軸のマトリックスでとらえることで、視覚認知特性を二軸のバランスを含めた「個性」として浮かび上がらせることができました。
今の世の中って、高度に効率化された社会システムの側に個性を適応させようとして、社会システムに合わない人はどうしても排除されてしまいますよね。これからの未来は社会システムを効率化するのではなく、個別最適化することで、社会システムの側がもっと一人ひとりの個性に寄り添い、ありのままの個性に適応していくことをめざすべき。そのためにはまず個人の個性をちゃんと計測し、理解できるように自分たちの技術を活用してもらいたい。この、今日のdo.Sukasuのビジョンの根本をなす思想が生まれたんです。
今林 大牟田でのユーザーテストを経て、do.Sukasuがめざす「実現すべき未来」がおぼろげに見えてきた。そこから、ビジョンや理念について半年かけて議論しましたよね。
落合 本当に議論を尽くしましたね。
この視覚認知能力を測定する技術は、その気になれば認知能力の劣っている人を「排除」することにも使えるわけです。事実、いろいろヒアリングを重ねる中で、ある大学関係者が「うちの大学には発達障害傾向のある学生が多くて、優秀なのに企業の採用面接に落ちてしまう。入試の段階で発達障害傾向のある人をスクリーニングできたら就職支援課も楽になるのですが……」と言っていました。でも、そのように個人をラベリングする方向に私たちの技術を使うのは、理念とまったく相容れません。そのことに、大牟田での経験が気づかせてくれたんです。そして、この理念が、今のdo.Sukasuの理念のコアになっています。
堀 落合や笠井さん、今林さんが大牟田から帰ってきて、それまでの「特許が取れそうだ」という技術確立段階から、会社の理念や事業イメージの輪郭が見えてきて、より今後のビジョンロードマップの解像度が高まった印象を受けました。このビジョンをつくり上げるプロセスも、当社とCo-Studioの共創の賜物ですね。
落合 笠井さんや今林さんと議論してつくり上げた理念がメンバーを迎え入れたり、他企業・団体との協業を検討する際の指標にもなっています。その理念に共感してくれたメンバーや企業・団体が、今のdo.Sukasuには集まっている。仮に理念がなく「この技術で儲かりさえすればいいんだ」と言っていたら、ここまで優秀で熱意のあるメンバーやパートナーが集まったとはとても思えないですね。
今林 非営利と営利の要素を両立させることで、社会課題を解決する持続可能な仕組み=Social Goodを創出し、社会に価値提供する。それこそがビジネスの本質だと、私たちCo-Studioでは考えています。そのSocial Goodを、まさに落合さんとの共創で生みだすことができた。この経験は、私たちにとっても大きな自信になりました。
技術もリソースもなし…それでも加速する事業のエンジンとは
短期間で2件の特許案を生み出すまで成果を生み出せているのは、プロジェクトが始まった当初は予見できたのでしょうか。
堀 とても不安でした……(笑)。ただ、フロンティア事業推進室のメンバーで実現できるのは落合しかいないと信じていましたよ。
落合 繰り返しますが、プロジェクトが立ち上がった当初は、なぜ堀があそこまで澤田さんの話に共感を受けているのかまったく理解できませんでしたし、「半年で特許を出願する」なんて絵に描いた餅だと思っていました。でも、自分のリソースをかけるからには、結果何も生み出せなくて「ほら、絵に描いた餅だからですよ」と言い訳はしたくなかった。やるからには何か出そうとは思っていましたね。
今林 でも、最初のスプリントの段階では落合さんたちも「産みの苦しみ」でかなり追い込まれていましたよね。スケジュールも遅れに遅れて、いよいよ明日出さないと何もないという窮地で、落合さんが「実はこんなことを思ってんねん……」と、今の事業アイデアの「もと」となる発達障害の話をポロッとつぶやいてくれた。そこにみんなが「それ、めっちゃおもしろいですやん!」と盛り上がって、今日につながっている。
堀 そこも含めて、すべて共感でつながっているんですよね。フロンティア事業推進室の立ち上げ時のメンバーと私が澤田さんの考えに「いいね!」と言ったことから始まって、さらに落合が絞り出したアイデアにみんなが「いいね!」と言ったから会社ができて、その会社に「いいね!」と思ったメンバーが集まっている――この「いいね!」の連鎖で生まれた大きな輪が、do.Sukasuという会社なんです。
落合 たしかに、もともと技術があったわけではないし、資金や人材のリソースも限られている。それでも曲がりなりにもdo.Sukasuの歩みを進められているのは、すべて共感してくれる方々の協力のおかげです。その共感というエンジンの生み出すパワーはお金ではけっして買えません。
「こんな社会にしたい」がなければ新規事業は続かない
――今後のdo.Sukasuの展望についてお聞かせください。
笠井 ユーザーテストや試作を繰り返して多くの知見が得られ、いよいよ商用化のフェーズに入っています。商用化に向けた技術検証も進めており、そこでしっかり成果を残して商品を1つではなく、2つ、3つと世の中に提供していきたい。そのことではじめて私たちdo.Sukasuの理念を社会実装していくことができます。
落合 商用化のフェーズにおいても、社外の組織(do.Sukasu)で進めているからこそ、本体(住友ファーマ)がフォーカスしていない領域でも商用化を検討することができます。また、小さな規模なので足がかりとなる事業の収益自体が大きくなくても赤字にならずに済むメリットもあります。ここでもあらためて「出島」の体制にしたメリットを感じています。
堀 それに、小さな規模のメリットとしてdo.Sukasuの理念を共有しやすく、意思決定のスピードも活かしていますよね。スピード感を持って、かつフレキシビリティを持ったチャレンジができるという点で、do.Sukasuという「出島」の組織体制でのR&Dアプローチを選択してよかったと思います。
最後に、この記事を読んでいる方へのメッセージをお願いします。
落合 私たちと同様に社内でイノベーション創出に取り組んでいる方なら重々理解していると思いますが、新規事業というものは辛いことの連続です。「やらされ感」では絶対に続きません。でも、「こんな現状を変えたい」「こんな社会にしたい」と心から思える自分の価値観や自己実現の気持ちを持っていれば、おのずとそこからシーズが生まれたり、外のシーズに出合えたりすると思います。技術やアイデアよりも、まずはそういった揺るぎない価値観を持つことが、新規事業の第一歩ですね。
笠井 落合さんがおっしゃった自己実現は本当に重要です。私の場合は「新規事業に武器を」という考えを持っています。知的財産で「強み=武器」を形成し、その「武器」によって世の中にSocial Goodを実装したい。それが私の自己実現であり、Co-Studioに参画するモチベーションでもあります。
Co-Studioはベンチャーキャピタルのような立ち位置に見られることが多いのですが、自分自身がこのプロジェクトにどっぷり浸かって、落合さんと一緒に汗をかきながら走ってきました。落合さんと創り上げてきたdo.Sukasuの理念を、強い知的財産=「武器」をもって社会実装したい。これは、私にとっての自己実現でもあるんです。
落合 笠井さんや今林さんが、片足どころか両手両足がっつり突っ込んでくれたおかげで、これだけのスピード感で成果を挙げることができています。言葉にするのは恥ずかしいですが、私たちにとっては苦楽を共にした戦友です。今後、私がこのdo.Sukasuを離れることがあったとしても、Co-Studioから協力を求められたら一も二もなく協力しますよ。
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